読書家になりたい

ボキャ貧が読んだ本の感想とか書くだけのブログです。

【読書感想】猫を抱いて象と泳ぐ

小川洋子さんの本は、「博士の愛した数式」を小さい頃に読んだ覚えがあります。内容はもう覚えてないのに、その本の存在はずっと忘れずにいました。

こちらの本も同じくらい、ずっと自分のそばにあるであろう作品です。

 

盤下の詩人

内容はチェスを愛した小さな少年のお話です。

ある理由から「大きくなること、それは悲劇である」という思いを胸に秘めるようになり、チェスを指すときも盤面の下に隠れて指します。

 

話の中で「チェスで詩を綴る」という表現が出てきます。朝露のような静けさ、風に震える花弁の可憐さ、暗闇に浮かぶ月の孤独、本当に美しいものを見た時の感動というのは言葉で言い表せないものです。言葉にしてしまうとどこかチープに感じてしまうこともあります。

少年が美しさを見出したのは盤上に描かれた棋譜でした。勝敗よりもどのような棋譜を描くかを大切にしています。

心の底から上手くいってる、と感じるのは、これで勝てると確信した時でも、相手がミスをした時でもない。相手の駒の力が、こっちの陣営でこだまして、僕の駒の力と響き合う時なんだ。そういう時、駒たちが僕が想像もしなかった音色で鳴り出す。その音色に耳を傾けていると、ああ、今、盤の上では正しいことが行われている、という気持ちになれるんだ。

 

静寂の盤下から、チェスを通して相手と言葉なき会話を繰り返し、美しい詩を綴る。それはチェスを知ってるような一部の人にしか分からない世界かもしれません。

物語を通して感じるのは、チェスに限らず人から理解されないかもしれないが、確かに自分が美しいと思う感情の肯定です。なぜか心惹かれて、その先に想像を超えた世界が広がっているような思いの大切さです。

 

少年の身には残酷なことだって起こるし幸福ではなかったかもしれません。けれど、そういう世界に出会うことのできた人生はきっと不幸でもなかったのだと思います。

小説の魅力に、普通に生活していたら出会うことのない世界に触れられることがあります。その意味で、こちらの本は小説の一つの到達点にすら感じました。